カテゴリ:建物( 21 )
旧三井家下鴨別邸
京都市内、高野川と賀茂川の合流する出町柳側から高野川にある飛び石、
所々石が亀の形になっています。
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これを飛び越えて下鴨神社の南にある旧三井家下鴨別邸にいきました。
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三井家11家の共有の別邸として三井総領家 三井八郎右衛門髙棟によって建築されました。
NHK朝ドラ「あさが来た」の広岡浅子さんの実家。
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今回特別公開は2階と3階楼望です。
到着して門から入場制限があり、入場して2階3階に上がるためにも制限されていて
公開が始まってから約1日千人余りの入場者があるので小一時間待たされました。
写真は禁止で1階は孔雀牡丹図の杉戸絵が見ごたえがありました。
2階からは庭の瓢箪池を写真に収めることができます。
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ここで1列12の椅子が用意され3階楼望へあがる注意事項が述べられます。
階段の幅が足の長さに足りないので綱を持って下さい・・・
可愛い間取りの3階には階段が窮屈に作られているようでしたが
眺望は素晴らしく東には比叡山・東山如意が岳大文字・法の大黒天山
11月にしてはこの日は20度近く、四方から渡る風が清々しく感じられました。
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by tosa4351 | 2016-11-24 21:36 | 建物 | Trackback | Comments(0)
段倉
住んでいる町の南部に支流と淀川に合流する辺り、
古くから淀川の川港として開かれた場所で、唐崎や 番田といっ. た地名も古代唐船の寄港。
この地域では淀川の氾濫により幾度も水害を受けてきたので
水や湿気 から家を守るために段倉と呼ばれる石垣を築きその上に蔵が建てられました。
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秋晴のある日、町のイベントでこの地を訪ねました。
質問が10問あって、歩きながら回答を進めて行きます。
少し前に主人が行った折には休耕田にコスモスが段倉に花を添えていたようですが
数日で刈り取られてありました。

私が見にいった折に家主の方が農作業場をされていたのに
手を止めてお話をしてくださいました。
昔はよく川が氾濫したけれど
近年には支流が氾濫しても水位はそれほど上がらなかったそうです。
淀川の土手もかさ高になって危険性は昔ほどではないそうでした。
大切なものは倉の中のさらに高い位置に置いてあるそうです。
焼杉の塀も真新しく、倉も白く、手入れが良くなされていますが
近年壁を塗れる左官さんが少なくなったそうです。

イベントの質問は最大のもので屋根が何段になっているでしょうでした。
こちらは燐家と合わせて5段ありました。
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by tosa4351 | 2016-11-11 09:05 | 建物 | Trackback | Comments(0)
ヴォーリズの建築
ラ・コリーナの北にヴォーリズ記念病院があり、こちらには大切な協力者を
結核で亡くしたヴォーリズは結核の為に療養院を建設しました。
五葉館
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以前来た時より手直しされて奇麗になっています。
5つの部屋の真ん中には診療器具が以前は見えましたが、シンプルに腰掛が見えました。
アンナ・ダンフォース・ツッカー記念館
こちらは整備する前ですが時には院長室には入れることが出来るそうです。
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礼拝堂
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ラ・コリーナの屋上から南に見えた近江兄弟社学院に向かいます。
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中にあるハイド記念館の見学のためです。
ハイド氏は家庭薬メンソレータムの発明をされたアメリカ人。
ハイド氏はメンソレータムの利益の1割をキリスト教・社会教育のために寄付を
しようと実行し、次第に利益を上げるようになってついに9割まで献げた。
ハイド氏からメンソレータムのサンプルをヴォーリズは日本に持ち帰り
近江兄弟社の財源として建築の仕事とともに役立つようになりました。
 
こちらには以前来たことがありますが、今回はヴォーリズが名付け親だといわれる友子さんが
丁寧に説明をしてくださいます。
この方はヴォーリズ遺産を守る市民の会代表。
ハイド記念館は清友園幼稚園として大正11年に認可されました。
入口すぐの廊下に、アメリカから船に乗って来た、ヴォーリズの荷物木箱が。
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これを3個持ってきましたが、荷物は近江八幡ではなく九州に八幡に
行ってしまっていたそうです。
2階へ案内されました。
当時スチーム暖房が設備された保健室。
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籐のベッドのある休憩室
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階段には引き出しが付いて機能的な作り。
1階 暖炉の周りに子供さんの体格に応じた籐椅子が並んでいます。
一番端の大人用の籐椅子にはヴォーリズ夫人の満喜子さんの写真
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大変立派な講堂
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 ヴォーリズさんが演奏したオルガンが有ったり、
自ら作詞した園歌は英語の文と、日本語訳の歌詞が卒業生の記念として
掲げてありました。
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舞台には芝居の背景を上下するための施設も、上には小部屋も用意されて
まるで芝居小屋の設備です。
お二人の功績は次代に受け継がれるように保存活動がされています。
子供達への温かいまなざしを感じさせる清友園の工夫でした。
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近江八幡に来ると、クラブハリエに行くのは楽しみ。
この日は10月31日でハロウィン。入口にカボチャ達が・・・
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お茶にはケーキ。
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盛り沢山の遠足でした。


by tosa4351 | 2016-11-04 21:00 | 建物 | Trackback | Comments(0)
有栖館
和中庵からバスで移動、有栖川宮旧邸に向かいます。
大丸ヴィラ
英国で16世紀に流行したチューダー様式でヴォーリズ設計。
一般公開されていません
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聖アグネス教会
1923(大正12)年10 月、平安女学院(St.Agnes’School)の生徒・教職員による教会。
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教会の向かいに有栖館が有ります。
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秀吉が愛でた醍醐のさくらの孫に当たるしだれ桜が左に。

宮家の一つ、有栖川宮家の屋敷は当初、京都御所の建礼門前に建てられていましたが、
京都裁判所の仮庁舎として使用されたのち、屋敷の主要部分が烏丸通りに面した
現在の場所に移築されました。

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床に大瓶を複数埋め込んで、能舞台を作って有ったり、茶道を嗜む炉をきってあります。

手水
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当時水兵さんの服であったセーラー服を最初に女学生の制服として採用したのが
平安女学院だそうです。
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香道
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3種類のお香が用意されていました。個性がはっきりした香りを選んであったようで
華やかな香り、密やかな香り、おとなしい香り香りも様々なんですね。
by tosa4351 | 2016-08-16 21:48 | 建物 | Trackback | Comments(0)
和中庵 
関西はもう十何日も真夏日が続いて、今年はことのほか残暑の厳しさが身にしみます。

京都は「京の夏の旅」として文化財特別公開がされています。

この日は初の一般公開されている和中庵に。
ノートルダム女学院中学高等学校の敷地内にあり、学校が夏休みの間に見せて頂けます。
バスで錦林車庫まで行き、東に上がり、
途中春の桜でしか行ったことのない哲学の道を超え
手入れの行き届いたお地蔵様を通過、もうすぐ地蔵盆があります。
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暑いけれどきっともうすぐなはず。
突き当りは天皇陵、ここを右に折れて・・少々遠回りして
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見えてきました。
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こちらで説明がありまして、和中庵は近江五個荘出身の近江商人を祖にもつ
藤井彦四郎が本邸として建築したもので、鹿ケ谷の山裾の林を開拓した
広大な庭園を有する邸宅で、「何事も公平に」という意味をこめて彦四郎氏が名付けた。
ユージニアハウス
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ステンドグラス
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1949(昭和24)年にノートルダム教育修道女会が布教拠点を探していることを
知った彦四郎氏が、和中庵を安く譲り、改造後修道女たちが新たな住人となった。
多いときは40人もの修道女たちが暮らした時もあったが、修道女たちの高齢化に伴い、
2007年(平成19)年「ノートルダム女学院」の所有となった。
洋館
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階段
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二階
内装は漆喰仕上げ大壁で、腰高の板張りとし、天井には漆喰飾り、暖炉も備えている
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二階の洋館から東福寺の臥雲橋を思い出させるもみじ谷。
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三部屋に続く和室はアメリカからの修道女は寝室として
床は板張りにしてベッドを置いて使っていたそうです。
公開のために元の畳に戻されました。
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東庭、南面の庭東山に続く緑で覆われています。
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洋館の玄関に降りると入口のアーチの上に阿吽のお獅子が有ります。
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玄関右の洋室
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倉庫 よく晴れて厳しい日差しですが良い見学でした。
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by tosa4351 | 2016-08-15 21:52 | 建物 | Trackback | Comments(0)
北浜レトロ辺り
大阪金相場会所跡 五代友厚の像
現在の大阪商工会議所の初代会頭。
加島屋が不振のとき、「負けたらあかん、他人やない自分にや」と浅子に
激励の声をかける様子が小説 土佐堀川 に書かれています。
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北浜レトロ
明治45年(1912年)に証券の仲買業を営む企業の社屋として建てられ、
土佐堀川と中之島公園を背に、大阪証券取引所の向かい側に建つ煉瓦造建築です。
国の登録有形文化財。
英国のグラスゴー派の影響を受けており、
また店内の至るところでも英国のインテリアが使われています。
現在は英国紅茶とスイーツの店で、2階のカフェスペースの窓からは、
中之島のバラ園が一望できます。
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この日は行列が見えなかったので珍しく空いているのかと思ったら
中で二階に続く階段に行列しています。
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1Fは英国紅茶のグッズが豊富。
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歩いてすぐの五感にお茶をしに移動します。
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五感は新井ビル。登録有形文化財
大正11年に大阪控訴院の設計をきっかけに関西で関わったものの1つで、当初、
報徳銀行大阪支店として建てられました。
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帰路は大阪駅に向かって右に大阪市庁舎左に日本銀行大阪支店
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通りに面した郵便ポスト 世界に向かって郵送されるんですね。
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by tosa4351 | 2016-02-06 13:27 | 建物 | Trackback | Comments(0)
大同生命辺り
大同生命の創始者の一人広岡浅子の生涯を展示してある大阪本社に行って来ました。

大阪から堂島川を渡り、フェスティバルホールを右に見て土佐堀川にかかる肥後橋から
東を見るとレトロなアーチ橋、錦橋に気がつきました。
帰って調べると土佐堀川可動堰の橋の部分を指した名称で、
1985年に橋面の美装化整備が行われた際に付けられた。
可動堰は満潮時にゲートを閉じて河水を堰き止め、
水位の落差を利用して勢いよく河水を流し、
水質の悪化しやすい堀川を洗い流す目的で設けられた(1978年以降休止)。
建設当時から歩行者専用橋として利用。
橋面の整備にあわせて、大阪のシンボルにもなっている橋をより深く知ってもらえるよう
橋上を橋のギャラリーにしてあるそうです。
日を変えて行ってみたい。
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土佐堀川を渡ると左に大同生命が見えてきます。
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エントランスの天井
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2Fメモリアルホールには広岡浅子の生涯が展示されています。
両替商 加島屋は肥後橋に店を構えていました。
その後、W・M・ヴォーリズ設計の旧肥後橋本社ビルが建ち、
平成5年からは現在の本社ビルがゆかりの地に建っています。
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最寄りの和創作料理 桜花へ
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この辺りには大大阪の建築が残っているところ。
東に少し歩くと見たビルは大阪倶楽部第九の練習に通ったところです。
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荒川ビル
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このビルは説明が黒板に書かれています。
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続く
by tosa4351 | 2016-02-05 10:49 | 建物 | Trackback | Comments(0)
旧中西家住宅
毎週水曜日はピアノの授業が有って、あっという間に1週間が経ってしまい
シルバーエイジにはその他の用で練習が途切れると
何度か練習していても全く初めて見る楽譜のようで記憶を回復するには
また1からと言うトホホな状況のこの頃です。

その授業を終えて、今日は吹田市の旧中西家住宅を見学に行きました。
約1000坪の屋敷地に文政9年(1826年)建築。
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表門からぐるっと勝手口に向かう道路で吹田市のマンホールを見つけました。
中央に〈太陽の塔〉1970年大阪万博のシンボル(岡本太郎)。
周囲に市民の木クスノキ、市の花サツキをデザイン。
雨がポツポツ・・降ってきました。
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屋敷庭に入ると珍しい掘り込んである庭が見られます。
この庭の中で茶道や季節の木々の移ろいを楽しんだようです。
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ボランティアの方々5・6人が場所によって交代しながら説明をしてくださいます。

庭を手入れされているのは桂離宮と同じ庭師さん。
四方の角に苔生した庭に降りる石段がいい風情です。
以前は見学者が庭に降りる事ができましたが苔が踏まれて無くなってしまったので
降りることは出来なくなりました。
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のちに作られた喜雨庵、裏千家の「今日庵」を作った宮大工の作。
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今回は中を庭からの公開です。
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関守石
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母屋の屋根の南面は旧のままですが北側の屋根瓦は吹き直し現代のもの
色がはっきり違います。
旧の瓦には1つ1つに文政9年、瓦の制作者の名前が刻んでいます。
家紋は卍。
屋根は2つで境目から雨漏りがして中の家の作りまで響いて修理されました。
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追記
中西家には続きがありまして、広いお庭を拝見しました。
西の庭園 奥様が、それでなくても充分奥行きがある道を先に従い細くされて
季節毎にお好きな白い花が見られるようにして有ります。
白の侘助
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奥にある東屋の天井
使われてある資材はどれも凝っています。
黒部杉の網代天井。
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母屋の中庭に枯山水石は11個あって、中西家の家族を表しています。
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右手に勘定部屋棟 
中西家は江戸時代に大庄屋(淀藩の14の庄屋を束ねる)を勤めていました。
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これは何と読むのでしょう。
昔は暦等が行き届いていないので大庄屋には暦の大の月、小の月を表示して
知らせたそうです。
反対には小という漢字が川という字に見えましたが彫ってありました。
私はまた、木槌で「頼もう!コンコン」とでもする板かと思いました。
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旧中西家は平成19年1月に家具や調度品、絵画・古文書などの文化財とともに
吹田市に寄付されました。

庭のあとに母屋に入らせて頂き、室内を見学。
荷物はソファに皆さん置いて、貴重な家具調度品を傷つけないようにします。
平成19年までに台所はシステムキッチン(冷蔵庫・壁タイルすべて吟味された外国製)
にされたり、グランドピアノの部屋の床は持山の材でしっかり作ったありますが
すべて以前に戻せるようになっているそうです。

場所場所で説明されているボランティアが交代して旧中西家をお守りし
皆さんにお伝えする心意気が感じられました。
by tosa4351 | 2015-11-25 21:45 | 建物 | Trackback | Comments(2)
あらしのよるに
右手に東華菜館を見ながら鴨川を渡ります。
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京都南座の新作歌舞伎 あらしのよるに を鑑賞しに来ました。
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これまでの歌舞伎鑑賞とは違って事前に原作(童話)を読んであって
どう歌舞伎として表現されるか楽しみ。
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南座は歌舞伎発祥の地で悠久400年近くに亘る今日まで
歌舞伎を上演しているという意味で
日本最古の歴史と伝統を持つ劇場と言われる。
昭和4年に建て替え。
桃山風意匠の鉄骨鉄筋コンクリート造5階建てで、定員は1527人(当時)。
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格天井
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舞台上に唐破風
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階段に飾り窓
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廊下の天井も意匠を凝らしてあります。
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舞台は午前11時から開演され、1時間後に幕の内。
午後からの舞台はつい ウトウト・・・

ガブ役の獅童さんが笑いを誘う表現力と話し方、松也さんのメイも可愛らしい
役どころぴったり呼吸があっています。
二人を囲む狼や羊の仲間もいい味が出ていました。
童話だけに、歌舞伎の入口として興味を持ってもらうのに子供さんが
鑑賞しても良い題材と思いました。
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by tosa4351 | 2015-09-20 22:45 | 建物 | Trackback | Comments(6)
神戸女学院
連日の猛暑の中、家を8時に出て阪急の門戸厄神駅を降ります。
西宮市のマンホール
酒樽 酒蔵 甲子園球場
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目的地は神戸女学院
ヴォーリズが昭和8年に建築デザインした校舎が公開される機会がありました。
写真は100枚近くありましたが
個人のみでHP等で公開することのないようにと言われましたので
記憶をメモ書きします。

こちらは岡田山キャンパスの入口
駅からなだらかに坂になっているところを10分ほど行ったところ。
正門・門衛舎
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こんもりとした緑の森に赤い屋根の校舎が昨年12棟の建物が
国の重要文化財に指定されました。

まず講堂に集合。
トイレのノブは京都の駒井家住宅と同じ透明ガラス。
入口のシャンデリア部分の天井に円形の飾りは金属供出の折、失われて漆喰状の鏝絵
で模してありました。

ヴォーリズの建築は住みやすいように、使い勝手を重視されて建ててあり、
随所に工夫が見られます。
その一つに中庭を囲む図書館・講堂・理学館・文学館が床が高く、
入口は階段が設けられて有るのは 電柱を立てないように
配線を地中に埋め込まれてあるそうです。
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図書室も電気スタンドを真ん中に設置され、机の中を配線を通してあります。
床はダンロップのラバータイルを使ってあって
椅子を引いても決して音が出るとこはありません。

各館をつなぐ渡り廊下には屋根が有り、長い廊下には明かり取りの天窓が。
スケッチブックを持って描こうとしたらとても暑くて、
屋内の窓からメモ描きしました。

違う季節に行くとまた四季を感じられる味わい深い情緒があると思われます。
学校は夏休みになっていましたが、行き交う女学生は礼儀正しくて親切に接してくれました。

音楽館の右の小道を講堂に向かう。
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ラッパを吹く子供のモチーフ。

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by tosa4351 | 2015-08-05 21:42 | 建物 | Trackback | Comments(0)