高知から香川
高知滞在3日目は家事を片付けると、高知市内を望む筆山にドライブ。
予想以上に駐車してあるのは、この日は秋分の日で墓地のあるこの山に
皆さんがお参りに来ているところでした。
真ん中辺りの緑の山に高知城が。
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筆山を降りて桂浜から浦戸大橋を渡り、五台山の麓のトンネルを通り
県立美術館の前を通り、食品や母の好きな花と野菜の苗のある
「とさのさと」でお買い物。
お昼を済ませると、母が見送ってくれて高知とお別れしました。
母の背中をさすって、お守りくださいと。

高知道から新宮ICで降りて、道の駅霧の森で抹茶で作られた
霧の森大福を頂く。
再び高速に乗ります。特徴のある讃岐富士、香川県の山の姿は
個々に分かれていて高知のような山脈ではないのが地形の違いです。
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高松道を引田ICから讃州井筒屋敷で古い町並みを歩きます。
ちょっと粋なお茶室の渡り廊下でした。
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目を引くベンガラの壁は元は鬼門の辺りだけに塗ってあるものでしたが
個性を表現するのに建物全体を赤くしたそうで
かめびし屋と言う醤油製造のお店でした。
ここで、3年物の食べる醤油を買って、色々美味しく楽しんでいます。
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# by tosa4351 | 2017-09-29 21:57 | あちこち | Trackback | Comments(0)
別子銅山
高知に着いた日の夕食は母と主人と私の姉妹3人とで近くのレストランで
頂きました。
以前は好き嫌いを言っていた母はディサービスにお世話になるようになって
昼食で出される食事で幅が広がり色々食べられるようになりました。

あくる日は雨でしたが、お出掛けが大好きな母を誘って愛媛の別子銅山に行きます。
高知道から松山道新居浜Iで山に向かいます。
大正5年から昭和5年までの間、別子鉱山の採鉱本部が置かれ、
社宅・小学校・劇場・接待館が建てられるなど、
昭和43年に休止するまで町として大変な賑わいをみせていました。(HPより)

標高750mの東平は東洋のマチュピチュと言われています。
東平(とうなる)歴史資料館で雨を避けてビデオでお勉強。
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索道停車場跡
雲を抜けても、また霧が発生します。
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次に山を下り、旧広瀬家住宅
旧広瀬家住宅は,住友家(本店)の初代総理人を務めた広瀬宰平の建設した住宅である。
明治20年代に移築・新築併せて全体が整備された。
広瀬宰平は近江野洲で生まれ、9歳で叔父に従い別子銅山に上り、2年後の就業年齢に達し
住友家に奉公した。
28歳の時、住友家第10代当主・友視の推挙によって広瀬義右衛門の養子となり、
慶応元年38歳で別子銅山支配人になった。
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広い台所と思われるところには、お茶を製造する過程の機械が設置されていました。
庭には池や茅葺屋根のお茶室、市内の高台に位置した住宅からは眺望を意識した
部屋を複数持つなど、住宅機能のみならず迎賓館としての役割を備えています。

母は足が弱くなっているので雨の中で車で待った貰うこともありましたが
車窓から見える景色で隣県に移動して楽しんでいるようでした。
夕食はお寿司にして、好きなようで食が進んで何よりでした。

# by tosa4351 | 2017-09-28 17:15 | あちこち | Trackback | Comments(0)
松山城
あくる日は道後周辺を散歩します。
伊佐爾波神社(いさにわじんじゃ)、温泉の町は坂の町でもある様です。
立派な石に神社の名前、愛媛・香川は石が豊富で記念碑の石はそちこちに
建てられると聞きました。
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次に湯築城跡を巡って道後温泉駅
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近くの喫茶で朝食を済ませて9時からの放生園そばのからくり時計を見学。
夏目漱石の「ぼっちゃん」の人々が次々登場します。
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路面電車は日に限られた時刻に坊ちゃん電車が運行されていました。
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麓にある駐車場に車を置き、松山城にはロープウエイで到着。
ボランティアの方が丁度いて、説明をお聞きすることに。
説明を聞けるのはラッキーです。
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松山城は子供の頃見た印象は平たいお城の形でした。
元は2つの山だったとか。
大切な水を汲む井戸が有りましたが山を1つにする前にあった井戸を目安に作られたそうです。
山が出来てから水源を探すのは至難の業です。納得。
ボランティアの方はお正月に頂ける井戸の水で書初めをされるそうです。
井戸
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さあ、城内へ入る寸前にデジカメを石の上に落としてしまい、動かなくなって
デジカメさんごめんなさいゴメンナサイ・・・・
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デジカメを落としたのはこれを撮った後でした。

お城を見た後はセキ美術館へ。
小磯良平の素敵な少女像他著名作家の作品を見られます。
近くの大黒屋うどん店を教えられてお昼にします。

高知には砥部焼を見てから。
松山市内の砥部焼店で教えられて観光センターに行きましたが、
お目当ての作家さんの作品は窯元に行くほうが良かったみたいで
観光センターの砥部焼には有りません。残念

記憶にないぐらいの昔に通った国道33号線で高知に向かいます。
懐かしい地名が次々・・・

# by tosa4351 | 2017-09-26 09:19 | あちこち | Trackback | Comments(0)
しまなみ海道から道後温泉
5月以来の高知への帰省は真夏を避けてこの時期にしました。
運転手をしてくれる主人が4日間8500円で四国の高速道路乗り放題を
利用することにして、関西から尾道しまなみ海道を走って今治から
四国入りします。
多々羅大橋
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旧車についていたカーナビが的確に案内をしてくれたのですが新車のカーナビ君は
いまいちで回り道の小さな道を行くように指示するので度々ガッカリさせられます。

今治北から来島海峡大橋を望む。
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今治城
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今治にはおなじみのタオル美術館が有ります。
もう1つ大きい企業は日本食研ですが・・・限られたエリアを当日でも
見学することが出来ます。
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牛のキャラクターはあちこちで見かけられました。
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次に一福百果と言う創業70年の清光堂に寄ります。
先代主人の病と後継者問題で、娘さんご夫婦は2002年グアムから帰郷し
店を継ぎました。工場長のビルさんはグアムで救命救急士をしていましたが、
慣れない日本で、ご苦労の末当地の名物ミカンを丸ごと大福の中に入れた
ミカン大福を考案し話題を呼びました。
丁度伺うと、TVの取材の最中でしたが、奥様の感じの良い対応を受けてご馳走に
半冷凍になっていて、美味しかったです。

松山市内に入り、松山城の麓にある萬翠荘へ
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夕暮れ前にホテルに到着し、道後温泉に参ります。
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奥行きのある大きな施設、日本書紀にも記されていると言われる日本最古の温泉です。
思いがけなかったのは、こちらにも外国の観光客が多かった。
浴場には藍色で描かれたタイルの絵が有りました。
案外狭く一度蛇口から離れると再度じゃ口に触れることは難しく、
同じお湯はホテルでも浸かれるとのことで、慌ただしく出てきました。
入浴後くつろげる広間が有り、お茶と煎餅をふるまわれます。
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写真は流石温泉場は撮られませんが見学できる部屋が有り
細かく配慮された皇室専用湯殿も説明つきで見学
夏目漱石も逗留された個室もある道後温泉でした。
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夕飯は電車で大街道に出て鯛めしと松山鮨をそれぞれ頂きました。
帰りのハイカラ通りのアーケード街は観光客でにぎわっています。
みかんの木 向かいのお店は今治タオル 伊織。
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# by tosa4351 | 2017-09-24 12:56 | あちこち | Trackback | Comments(0)
森小夜子人形教室展 3
日曜教室 森に生かされ守りを育む
お友達ちいこさんのクラス、ちいこさんお得意の綿で作ったリスや兎達が
森のそこここに住んでいます。
背景の森の絵もいい雰囲気。
森先生の人形の歴史は約30年程・・・
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平成2年、浮世絵の人物を人形仕立てにするプロジェクトが組み立てられ
彦根屏風図から、着物も人形仕様に織られ刺繍され制作されました。
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TVのシルクロードから影響されアジアの少数民族のお人形を制作。
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ヨーロッパの刺繍布を使用。
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お顔も変遷がありますね。
常に進化している先生のご活躍が今後も楽しみです。

# by tosa4351 | 2017-09-20 09:51 | 人形  京都 | Trackback | Comments(0)